吾郎に最後に会った日

実はうちには、3年ほど前から庭でごはんをあげて続けている
一匹の雄猫がいました。
名前は「吾郎」。

2021年6月20日、日曜日。
その日はお昼過ぎから、同居人と一緒に知り合いに会う予定でした。
でも、まだ吾郎がごはんを食べに来ていなかったので、
「吾郎が来ないから私は行かない」と言ってもう一眠りしようとしていたところ、
5分も経たないうちに、ウッドデッキに吾郎が現れました。

「吾郎来たよ」
という同居人の言葉で飛び起き、すぐにごはんを用意し始めました。
確か、丸2日は来ていなかったと思います。

この3週間ほどで、吾郎がごはんを食べに来る間隔が、
1日2〜3回だったのが1日1回になり、2日に1回になっていました。
この日は、2日に1回になった2〜3回目だったと思います。

シシアのエビ&ツナ缶に、栄養補給ペーストと乳酸菌を混ぜて、
ウッドデッキに置きました。
吾郎は、私がごはんをあげるために開けた掃き出し窓から
少し離れていた所に香箱座りをしていて、
すぐにごはんには寄って来ませんでした。
少し前までは、私が台所に向かうだけで窓に寄ってきて
ごはんを今か今かと待っていたのに。

吾郎の座っている姿を見た同居人は
「何か猿みたいな感じになった」と言っていました。
少し痩せてゴツゴツしていたからか?

しばらくしてごはんに近寄った時に、吾郎の鼻先に人差し指を差し出すと、
鼻を近づけて匂いを嗅いでくれました。
吾郎の鼻に少しだけ触れることができました。
乾いていて、少しざらっとした感触。
その後、おでこを触ろうとすると、少し引っ掻くようなそぶりを見せましたが、
その仕草もゆっくりで、本気で引っ掻く気が無いように感じました。
今まで何回も軽く引っかかれていたのですが。。。
でも、あまり嫌なことはしないでおこう、と私は手をひっこめました。
とにかく栄養を補給して欲しかったのです。

ゆっくりごはんに寄ってきた吾郎は、
匂いを嗅ぎはするもののあまり食べようとしません。
かなり空腹だろうに、どうしたんだろう?
あまり色々なものを混ぜたから、変な匂いになったかな?
何でもいいから食べて欲しいという思いで、
もう1皿、銀のスプーンを入れて出してみると、
これにもがっつく様子はなかったのですが、少しずつ食べ始めました。
それでも、すぐに食べるのを止めてしまうので、
次はいなばの焼きかつおをほぐして出すと、パクパクと食べ出しました。
いっぱい食べなさいと、もう1本ほぐして追加しましたが、
途中で食べるのをやめてしまい、もういいという感じで静かに座っています。

その後、ゆっくり立ち上がり、ウッドデッキを降りて
近くのバケツに貯まった水を飲み、
その後、更に庭の奥にある金魚鉢の水も飲み、
急ぐこと無くその奥の駐車場を横切って、いつもの山へ続く道に向かって行きました。

このところ、縄張り争いで吾郎を追い払おうとしている
アメショ(近所の飼い猫のアメリカンショートヘア)や
何か(他の猫や人間?)に怯え、
猫の声が聞こえただけでごはんを待っている間でも逃げてしまったり、
食べ終わると一目散にどこかへ帰ってしまっていた吾郎ですが、
この日はやけにゆっくりと庭を歩いて去っていきました。

最近の私は、吾郎がごはんを食べ終わると、その後ろ姿を見送るのが習慣になっていました。
「吾郎」と呼ぼうと思ったけれど、何だか言葉が出てこなくて、黙って見送りました。

吾郎は振り返ること無く道を上って行きました。
これが吾郎の姿を見た最後の日になりました。

吾郎が山へ行った後、お皿を片付けながら、
「吾郎は偉いね〜、用事の前にちゃんと来て」
などと同居人と話していました。
その時は、これが最後だとは思っていなかったので、
「これで安心して出かけられるね」などと言っていました。

実は、同居人は最近職を変え、吾郎の食事時間に巡り会えず、
この日久々に吾郎を見たのです。
今思うと2人で居る時に挨拶に来てくれたのかな、と思います。

ごはんをすぐに食べなかったのも、半年前までは満喫していた
ウッドデッキを味わっていたかったのかな?と少し後悔しました。
最近は、ごはんを食べ終わるとすぐにどこかへいってしまうので、
ごはんを素早く出すと、食べてすぐに帰れと言っているようで、
少し寂しかったのです。
もっとゆっくり居てほしかった。
でも、食べずに送り出すのはもっと嫌だったので、
常にごはんは最優先にしていました。

20日の日曜日に吾郎がごはんを食べに来た後、
月曜日と火曜日は「また来ないな」と思っていましたが、
水曜日頃から「もう来ないのかも・・・」という気持ちが大きくなってきました。
火曜日も水曜日も、午後から突然土砂降りの雨が降り、
6月も終わりなのに、朝晩はかなり寒かった日でした。

夜は寒くて布団にくるまりながら、吾郎は外で寒いだろうな。
と心配で可哀相に思っていました。
ウッドデッキには吾郎用の小屋があり、
去年の初め頃までは、冬はその中のふかふかのベッドで寝たり、
ウッドデッキに日が差すと、寝そべって日光浴していたのですが、
去年末〜今年の冬にそこで寝たのは2〜3回で、
ごはんを食べに来るだけになってしまっていました。
寒い中、どこにいるのかとても心配でした。

水曜日か木曜日の夜、寝ようとした時に
掛け布団を掛けた足の上を、何かがサクッサクッと歩いた気がしました。
ウメが来たかな?と思いましたが、誰もいません。
何だか急に「吾郎だ」と思いました。
そして、足下のエア吾郎を撫でるようなジェスチャーをしてみました。
私は本当にスピリチュアルなものへの興味が無かったのですが、
その時だけは、ふとそうしたくなったのです。
吾郎を撫でることができたのは一度もありません。
ごはんを夢中で食べているときに、おでこを少し触った事があったぐらいで。
ゴワゴワしていて、少しべとついていて、見た目はフワッとしているのですが。
思いっきり撫でてみたかったな、吾郎を。

木曜日も金曜日も吾郎は来ませんでした。
同居人と、土曜日は山へ行こうと話していたので、
土曜日は山に入ったのですが、気配も感じませんし、
思ったより広大で、何一つ手がかりすら見つかりませんでした。
山を一時下りて、近所を掃除している人に最近猫を見かけないかと訪ねると、
「2週間前に足を引きずっている猫を見かけたよ」と言っていました。
多分それは吾郎だなとは思ったのですが、
現在のことは分かりませんでした。

日曜日は、いつも吾郎が我が家から山へ向かう時に横切る斜め向かいのお宅に、
こんな猫見ませんでしたか?と聞きに行きました。
吾郎は、いつもこのお宅の駐車場を横切って、山の方へ向かっていたようですが、
実際に山へ入ったところは見たことがありません。
(人のお宅の敷地内をジロジロ見ることもできず。。。)
でも、このお宅は昔猫を飼っていたというのを聞いたことがあったので、
藁をもすがる気持ちで伺ったのです。
(うちは9年ほど前にここへ越してきたので、この辺の猫事情をほぼ知らない。)

斜め向かいのKさんは、前に飼っていた猫が山でもぐらや鳥を捕ってきて
死骸を持ってくるので大変だったと話してくれました。
そして、この山に囲まれた住宅地の猫たちは、だいたい山に入っている
とも教えてくれました。
山だけに住んでいる猫や、その猫に今でもごはんを届けている人のことも。
その猫たちは、山に住んでいるのに丸々として綺麗だったそうです。
吾郎もそういう所の仲閒に入っていたらいいのに、と思いましたが、
縄張り争いをするような雄猫は、きっと無理かな。。。

でも、吾郎はそういった人からごはんをもらえないと生きて行けないと思います。
もう牙が1本もないのです。
1本少しだけ短く残っていますが、何の武器にもならないと思います。
我が家の庭に現れた推定生後10ヵ月ぐらいの時点ですでに1本抜けていて、
その後、ケンカを繰り返す度に抜けていきました。
一度触ろうとして噛まれた時があったのですが、ふにゃっとした感覚があっただけで
全く痛くなくて、むしろ悲しくなりました。

それなのにアメショとケンカをして負けたのかな。
いつも怪我ばっかりしているので、
傷がヒドい時はごはんにこっそり抗生物質を混ぜてあげていました。
あまりに頻繁に必要なので、効かなくなっちゃうよ、と思いながら。

Kさんは、雄なら1ヵ月ほど旅をして戻ってくるかもよ?と言っていましたが、
最近あまりごはんも食べなくて、痩せてきていたんですと伝えると
山で死んでいるかも。。。とのこと。でも、続けて

「でも、それってすごく美しい死に方だと思う!
私もそう死にたい!お葬式なんかして欲しくない。」

と言っていました。
Kさんは結構ネイチャー系だとは思っていたのですが、
すごくカラッと「孤独に死ぬこと」を肯定したので、ものすごくカルチャーショック。
良い意味で。

昨日は山を捜索してみたんですが、と話すと、
「無理無理!広すぎるし、絶対見つからないよ」と
笑っていました。

私がその後メソメソしていると、
「目が痒いの〜?泣いてるの?」とまた笑っていました。
とにかくKさんは明るいのです。

この辺に住んでいる人は、結構年齢層が高いので、
今でも猫は放し飼いの人も多く(アメショですら!)、
私たちとは猫の飼い方自体が違うのと、もっと言うと
猫に対してそこまで子供のように扱っていないようです。
本人の自由!みたいな感じで。
なので、いなくなったら「山で死んだか」とか「旅に出たか」
みたいな感覚のようです。
Kさんの飼っていた雄猫も、1ヵ月ぐらいしてボロボロになって戻ってきたことがあったようです。
でも、そのぐらいの感覚で猫を飼った方がいいかもしれません。
私には無理ですが。。。

吾郎もしばらくしたら戻ってくるのかな?
と淡い期待を抱きたいですが、それは無いなという気持ちの方が大きいです。
吾郎はどんなにズタボロになっても、足を引きずっても、雨や雪が降っていても
3年間毎日うちにごはんを食べに来ていたのです。
来ないのは、来れなくなったとしか考えられません。
それか、吾郎がもう行かないと決めたのか。

それに、吾郎が我が家にちゃんとごはんを食べに来ていた時、
執拗に、1日に何回もうちのウッドデッキにやって来て、
窓やら壁やらにマーキングしまくっていたアメショが、
吾郎がいなくなってから1週間のうちに1回しか来ないのです。
多分、もう吾郎はいない、来ない、という事を知っているのかも。

実はかなり前からずっと、いつでも吾郎が来たらすぐに駆けつけられるように、
ウッドデッキにワイヤレスチャイムを設置して、
夜中でも早朝でも、チャイムが鳴ったら起きてごはんをあげていたのです。
ごはんを出しっぱなしにすると、色んな猫がやってきて
吾郎とケンカになるのが嫌だったので。
そのチャイムをアメショが1日に何回も鳴らすほど、
1週間ほど前までは執拗に吾郎の縄張りをチェックしに来ていました。
チャイムが木曜日あたりに1度だけ鳴って、
急いで飛び起きて向かったらアメショがいて落胆。。。
でもそれも1回きりでした。
同居人が外でアメショが歩いているの見たよ、と言っていましたが
それ以来、もうウッドデッキには来ていません。
うちは吾郎にしかごはんをあげないし、何のメリットもないですから。

私の可愛い吾郎。
本当は外の生活で苦労なんてさせたくなかった。
何の心配も無く、家の中でゆっくり寝ている姿を見てみたかった。
そう思うのは私の自己満足で、
吾郎は自分の好きなだけ、好きに生きたと思いたい。

けど、今はまだワイヤレスチャイムの電源を切ることができません。
またチャイムが鳴って、吾郎が現れる気がして。

これから吾郎の思い出話を書き続けて行こうと思います。
多分、これから嫌でも吾郎の記憶がどんどん薄れていって、
忘れてしまうことも多くなると思うのです。
私は写真や動画をあまり撮らないので、
自分の頭の中の記憶だけでも、文字にして残したいと思います。
完全にひとりよがりですが。
将来、こんな事もあったな、と微笑むことができるぐらいになりたいです。

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